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「普通」のレールを歩めない!

自身の体験や経験などを淡々と綴る、あせんとのブログです。

パーソナリティ障害

皆様こんにちは。あせんとです。

唐突ですが、皆さんの周りに、同じ空間にいるだけで人に威圧感や緊張感といったものを与えてしまう人、という方はいらっしゃらないでしょうか。例えば、それまで和やかに話していたのに、その人が話の中に入ってくるだけでその空間がとたんに窮屈なものとなり、話が弾まなくなってしまったりだとかいう経験、ないでしょうか。息苦しさ、窮屈さ、そういったものを人に感じさせる人です。もし思い当たる方がいらっしゃいましたら、その人はひょっとすると強迫性パーソナリティを有する方かもしれません。

パーソナリティ障害とは神経症精神障害の間に位置する概念で、広範に対人関係の不和を呈したり、社会への適応不全などが見られる精神疾患であり、中でも強迫性パーソナリティ障害の特徴は内在化された「秩序」の維持にあると考えられています。義務感、責任感が人一倍強く表に現れるこのパーソナリティは、実のところ心がいつも不確実性にさらされているのです。言ってみれば、不安だからこそ、社会的な「義務」だとか「責任」を重視して、それを心の拠り所にしているわけですね。蓋を開けてみると、心細さを感じている幼少期の不安な子供が姿を現すかもしれません。そこを社会的に価値のある義務感や責任感といったものによって穴埋めしているんですね。こういった人たちは職人気質の方に多く、心理傾向としては、S・フロイトのいうところのエゴ、つまり自我への過剰なまでの固執がみられ、几帳面で完璧主義的で、融通性に欠け、頑固であるといった特徴を持ちます。どうでしょう。簡単にこのパーソナリティの特徴を列挙しましたが、なんとなくでも人物像をイメージできましたでしょうか。ちなみに、このパーソナリティ障害は男性に多く見られます。

こんな方が自分の周囲にいたら、なんとなく息の詰まるような思いをしてしまうのも無理ないかもしれません。彼ら・彼女らの行動原理は常に、社会がそれを正しいとするかどうか、帰属集団、自分の所属している集団がそれを認めるかどうかという義務的なものが主軸となっているのですから、周囲から煙たがられても仕方ない部分はあるかもしれません。

実際、僕の叔父がこのパーソナリティ傾向を持つようなのですが、正直、失礼ですが一緒にいて楽しいと感じたことは一度もありません。話しててとても窮屈なんですね。彼が口にするのは、社会がそれを認めるかどうか、男社会で生きていくにはこうすべきだ、休みの日はこう過ごすべきだ、という説教じみた言説をつらつらと述べるだけで、いささか現代のライフスタイルと乖離している部分が多いように思えてなりません。本当に現代人なのかおめーは、とツッコみたくなる場面も少なくありません。

とはいえ、彼ら・彼女らは仕事を遂行するとなると、その人一倍大きい義務感と責任感で高い成果を上げることができる人材であることもまた事実の一側面です。ですので、こういった人たちに遭遇した場合には、仕事上だけでのつきあいにするか、温かい目で遠くから見守ってあげることが、両者の関係を壊さない賢明な策かもしれませんね。いや、実際隣にいると結構ウザいんですよ。この人たち。僕は人間はできるだけ自由に好きな事やらせたらいいと思ってる人間なので、こういった義務とか責任とかを自己完結できずに他人にまで要求してくる人って、ホント窮屈なんですよね。まあ、こういった人達とは適度な距離を保って過ごした方が楽しく人生を謳歌できるんじゃないですかね。多分。

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